旅の顛末(養老・直島)
ということで、旅の感想を書こうか…と思ったのですが、出発から到着まで書くとわけがわからなくなること必至なので、養老と直島だけに絞って書く事にします。
そもそも旅をするにあたって、最初から決まっていた目的地はこの2か所でした。
そこで、琵琶湖でのインターハイ開催がこの時期であるということで、じゃあ、今行くか!ということになり、それならば京都の友人宅も訪ねようか!ということになり、今回の4日間に渡る行程が組まれたのでした。
まず初日の養老(岐阜県)。
目的地は、養老天命反転地でした。
荒川修作とマドリン・ギンズによる、実験的な施設(テーマパーク…というと何か違う)ということで、授業で此処が少し取り上げられたことがきっかけです。
芸術という、触れる対象を扱うよりもむしろ、触れる人間の身体の感覚の方に働きかけるというか。揺さぶりをかけるというか。
「天の与える壮大な力を、人間の作ったもので反転させる試み」というご大層な理念があるそうで、驚くと同時に何だか腰が引けてしまいそうだったのですが、楽しそうなので行ってみようと。
感想から言えば、楽しかったです。
平日の暑い真っ昼間に訪れたので私の他に客が5人くらいしか居なかったこともあり(おかげで同じ人に何度も遭遇した)、思いっきり冒険できました。そうだな。冒険というとしっくりきます。
本当はそれぞれに「使用法」が定められていたのですが、しっかり見ていなかったので殆ど自己流だったことを、ここで白状しておきます。
まず建築物が、なんだかヘンなのです。
普段、私は(というかほとんどの人はそうだと思うけれど)、「暮らしやすい」とか「バリアフリー」であるようなそういう建物が良いとされるのが常識である中に生きているのですが、ここの建築物はその対極にあります。
障害とか無意味な仕掛けが盛りだくさん。やたらと邪魔されます。
家の中に行き止まりがあったり、トイレが非常に狭かったり、部屋の形がおかしかったり、一つの部屋の中で床の起伏が激しかったり、傾斜していたり、家具を壁が突き抜けていたり、天井に家具があったり。
これは、挑発されているんですかね。疑問を提示されているのでしょう。
ただ面白がっているだけでは駄目なんだろうなぁと思いつつ、面白がっていました。
屋外でも、「非日常」へ引き摺り込まれました。こんな状況に置かれたのは初めてだ!という事態に何度も遭遇しました。何か別の入り口を見つける度に、今度は一体何をされるんだろう?とびくびくしたものです。
高い壁と壁の間に、一人がやっと通れる程の幅しかない道があり、その中を延々歩き続けたり。
一番、やられた!と思ったのは、迷路でした。暗闇の中の迷路。
軽い気持ちで足を踏み入れたら、真っ暗。慌てて手探りで壁を探して歩を進むと、どうやら迷路になっている。
しかしどんなに目を慣らしても依然として真っ暗で、目を開いても閉じても何の変化も無い。
両手で探ってみると、天井は高いようだが幅は狭く、やはり一人しか通れないくらい。しかも壁が湿っている。とりあえず頼りになるのは指先だけで、そろそろ壁を伝わらせて、すり足で進む。地中に住む昆虫になったような気分でした(手が触角みたいだった)。
しかも例によって行き止まりがある。何カ所もある。そしてその行き止まり方が、ずるい。
その上傾斜がある。何ともスリリング。
一番奥に、入り口の非常に狭い円形のスペースがあって、そこだけ上から光が差し込んでいました。光を見つけてこんなにも安心するものか、と思いました。しかしそこはゴールではなく、また引き返さなければならない。
この迷路を脱出した後、明らかに野生度が上がっていました。傾斜の急な斜面を駆け降りたり、崖を両足両手を使ってよじ上ったり。
その勢いでもって、天命反転地を出たあと山を登って滝まで行ってしまいました。
直接関係ありませんが、途中見た遊園地のさびれ具合は、何とも味がありました。侘びを感じました。
養老はこんな感じ。
そして直島。最終目的地。
直島も、島全体がアートになっているということで教わったのでした。
アートとか聞くと、何か高尚そうで腰が引けるのですが、やっぱり行ってみようということで行ってみました。はるばると。
フェリーで港に着き、港のすぐ近くにある青い壁の宿を見つけて、その後バスに揺られて地中美術館へ。
地中美術館。何かそうそうたる面々が関わっているという美術館だそうで。
バスを降りると、何やらスタイリッシュな建物が。
案内係の人達の制服が真っ白。そこから醸される清潔感と、無機質な外観から、こ、ここは病院なのか!と最初から身構える。しかも案内係の人達が、全ての展示物の部屋に配置されていて、常に見張られている。
何なんだここは、と最初から動揺し、どうもヒネた見方になってしまう。
訪れている客も、何かアートっぽいというか、そういう方面に造詣のありそうな大人達で。そういう人達が”現代芸術”を讃えている様を見ると、どうもおちょくってみたくなってしまうのです。
スタイリッシュとか洒落ているとか、何故か照れる。何故か。そぐわなさを感じずにはいられない。
いえ、でも作品自体は面白かったです。初めて体験するものばかりで。
特に、ウォルター・デ・マリアさんという人の作品を大いに楽しんだ。部屋の中の空間全てが芸術というものなのですが、部屋の中に16段+16段の階段があって、途中に大きな球体がでーんと配置してあり、四方の壁に、金箔が塗られた木製の柱が3本セットになったもの(直方体、三角柱、五角柱、が色々な組み合わせで並んでいる)が整然と配置されていて、天井に窓があってそこから光が差し込む。室内にある全てのものが、光に対して何らかの反応をする。といった感じ。
時間の経過につれて光の量や角度が変化すると、空間も変化するのです。
何だか儀式っぽい。神殿っぽい。神秘。ええ神秘。
何より、無類の階段好きである私が、その階段を駆け上ったり駆け下りたりしたくなるのは当然の反応でした。
しかも、よく音が反響するんだなこれが。
案内係(というか監視係)が居るのは仕方無いとして、他の客が居なくなる頃を見計らって、何度も駆け回る。ここの係の人達が寛大だったので有り難かった。しかも駆け上がり心地が最高。好きな階段ベスト3入りは確実でしょう。
味わい方を間違っていると言われると、否定できませんが。ここは、楽しんだ者勝ちということで。
あ、あと景色が綺麗でした。
景色を見ながら、周りで村上水軍についての話題が盛り上がっていたので、盗み聞きしました。
地中美術館を出て、私は帰りのバスが待てず、また100円を払うのも惜しくて、そのまま歩き出しました。
ゆっくりまわりたかったというのもあったでしょう。
しかし私は地図を持っていなかったのです。そこが間違いの始まりでした。
バスで来た道を戻ればいいさと、高を括っていたのが間違いでした。
いや、途中までは良かった。浜辺まで降りて行ったり、写真を撮ったり(ここに上げた写真を撮ったのもこの頃)、屋外に置かれた作品を眺めたり。島の人と話したり。小学校を見たり。
…この小学校が、門も塀も無い、コンクリート打ちっぱなしの建物。こういうのをかっこいいって言うんだよとか思ったり。ほら歩いてよかったじゃーんとかほくそ笑んだり。
ここまではよかった。ここまでは。
その先のT字路で、私は道を間違えました。やっぱりね。
左へ行くべきところを右へ行ってしまった。
何故右へ行ってしまったのか。
夕日が見たかったのです。綺麗であると聞かされていた夕日が。方角の関係で丁度見えなくて、早くしないと沈んでしまう!という焦りから、島の端へと歩を進めたのでした。足早に。
歩いても歩いても、夕日は見えず。
橙色に染まった空だけが、申し訳程度に山の辺りからのぞいている程度で。
私は視界の開ける場所を探して、歩き続けました。
何となく、バスで通った道と違う気がしても、構わず歩き続けました。
次第に民家の数が減ってきても、歩き続けました。
道だけしかないような場所に来ても、歩き続けました。
歩いているうちに、夕日はもう沈みかけて、月が薄く出ていましたが、間に合うと信じて歩き続けました。
3匹の犬に吠えられても、歩き続けました。
いよいよ淋しい風景になってきて、段々夕日どころでなくなってきても、歩き続けました。
この頃はまだ、道を間違っていたとしても、沿岸を歩いていればいつか港に着くさ!と思える余裕がありました。
そうしているうちに、本格的に日は沈み、辺りは暗くて月ばかりが明るくなってきました。
もう誰ともすれ違うことがなくなりました。
完全に民家は姿を消し、代わりに工場のような建物が現れだしました。
これは、怪しい、と思いながらも、今更引き返す気も起きずに、歩き続けました。
もうちょっと行けば抜けられるだろうと自分を励ましながら、歩き続けました。
しかし工場地帯はいつまで経っても続く。
倉庫、煙突、事務所、トラック、何か大きな機械、そして関係者以外立ち入り禁止の看板がちらほらと。
空はすっかり暗くて、海の向こうにかすかな街の灯りが見えるだけ。私の立つこの地に灯りは無い。
たまに現れる、灯りに照らされた場所に目をやれば、そこは工場。工場の向こうは山。
もうアートどころではない。というかアートのことなんてとっくのとうに忘れた。
進む他なかったので、進みました。ひたすら歩き続けました。しかしひたすら工業地帯は続きました。
そして目に入ってきたものを前に、息を呑みました。
「濃硫酸」と書かれた、まるくて大きなタンクが並んでいる。
時刻は8時近く。
右手は海。前方は闇。左手は濃硫酸。空には月。
…怖い。
これは、さすがに、怖い。
しかもこの時、母から「もう宿は決まったのかい?」的なメールが届き、すぐさま「大丈夫もうチェックインしたから◎」と返信。私は追い込まれると嘘をつきます。虚勢を張ります。
全然大丈夫じゃないし。ってかここは一体どこだ!濃硫酸とか!
もう、やけっぱちで歩き続ける私に、最後の一撃が。
行く道の先に、工場の門。遂に痛恨の行き止まり。
あぁ、もう、残念でした。何かねぇ、めいちゃんの気持ちだった(トトロ)。
しかしピンチになると妙案が浮かぶものです。というかそれまで思いつかなかったのが駄目だった。
宿に電話!
ってかよくぞ番号控えていたものだ!偉いぞ自分!冴えてるぞ自分!と、自分を讃えまくる。
しかし二度程かけて、
「電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません」
になって、文字通り絶望したものです。しかし三度目になってつながる。
あんたそりゃ全然違う方向だよ〜という内容を関西弁で言われて、ここまで迎えに来てもらえることに。
電話を切って、しばらく待つ。ほっとしたような、情けないような、心境。
そしてとうとうワゴン車のヘッドライトが見えた時にはもう、
何かねぇ、ねこバスかと思った(やっぱりトトロ)。
迎えに来てくれた宿の兄ちゃんに、こんな遠くまでよく歩いてきたなぁと言われ、こんな場所は絶対観光客には見せないんだよとか言われ、あぁやっぱりとか思い。
私はいつにも増して饒舌でした。喋りながら泣くんじゃないかと思った。
何でも、電池の材料を作っているのだとか、タウリンを作っているのだとか(ってかタウリンて工場で作るものだったのか!)、ここはゴミ捨て場だとか、自分が今まで歩いてきた道を、兄ちゃんのガイド付きで一気に駆け抜ける。
アートの島の裏側を見てしまったようで、複雑でした。
そして私が間違えた道まで戻った後は、すぐに宿に到着。本当に、あれが運命の分かれ道でした。
即、入浴と洗濯。
宿でもらった地図を見たら、とんでもなく長い道を歩いていたことが判明して瞠目しました。そりゃ、2時間も迷子していればね。
歩きはじめた地中美術館は島の最南端。工業地帯は島の最北端。宿は島の南東部。
…力が抜けました。
貴重な体験ができたのは良いのだけれど、道を間違ったせいで、「家プロジェクト」を一つも見られなかったのが非常に残念。翌日は休館日だったし。
帰りのフェリーから、私の歩いた道がまた見えて、複雑な気持ちでそれを眺めておりました。
直島の感想として、これでいいのだろうかという気は大いにしますが、これを体験してしまったので仕方ありません。お許し下さい。
また行きたいです。人は優しかったし、町並みは面白かったし。
それに、今度は迷子にはならないだろうから。再挑戦。
とまぁ、こんな感じでした。しょうもない。でも楽しかった。
しかし、養老と直島だけに絞るとか言って、それでもこんなに長々と…お付き合い下さってありがとうございました。
追記:ドミトリーin九龍のスタッフの方、本当にお世話になりました。いい宿でした。
あと、青春18きっぷ、本当にお世話になりました。
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