2007年12月11日 (火)

たまには動物園もいいもんだな

昨日は数ヶ月振りに上野動物園に行ったのです。
尚も動物園ブームは続行中の模様、賑わっていました。
いつの間にかゾウ舎の前にきらびやかなサーラータイが建設されていてびっくりしました。

昨日もよかったなぁ。
オウサマペンギンのずんぐりむっくりの子供、かわいかったなぁ。
ニホンザルの子供は何を思ったか、温水プール(水温45℃)へ何度も何度も高飛び込みを繰り返していたし。
アジアゾウ、鼻で飼育係ズにじゃれてました。
バクとカピバラとラマの冷戦は尚も続行中の模様でした。

飼育係のおじさんがハシビロコウにエサをあげている様子なんてもう、筆舌に尽くしがたいものがありました。
一つ屋根の下、白熱電球の温かな光に包まれながらごはんの時間。共に生活しているかのような印象を受けました。
ハシビロコウ、キュートだった。
あの風貌であるにも関わらず、キュートさを感じずにはいられないあの動き、なんなんだ。
おじさんが近づくと、あのでっかいくちばしをパクパクさせて、鳴らすんです。
あんなにでっかくて硬そうなくちばしですから、音、すごいんです。
そして、目を閉じて頭をこまかく振りながら、首を上げ下げするんです。
…かわいかった。

それにしても、レッサースローロリスへの愛おしさが止まりません。
あの手指。あの動き。あーあ。

そんないいこと色々ありましたが、一番の収穫は、
ゴリラ舎前での親子孫連れのおじさんが何気なく放った一言、

「たまには動物園もいいもんだなぁ」

これです。
それに尽きます。
ありがとう!

ところで心境の変化か近頃、動物園は一人で行くより誰かと行きたいと思うのですが、
それは別に寂しいとか親交を深めたいとかいうことではなくて、
一人で動物園に行く女、イタいわ〜とかいうことでもなくて、
…うーん。なくはない、けれど。
一番の理由は
人はこの動物のこのアクションを前にするとどんな反応を示すのか?どんな言葉を口にするのか?
ということを知るための
サンプルを連れて歩きたいなぁという。そんな感じです。
サンプルって言葉は悪いですけれども結局そんな感じです。

動物園がからむと、どうもそうなってしまいます。別格。

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2007年1月17日 (水)

愛情とは

難しいものですね。
と、今日の自然史の授業受けながら思いました。

ただ「好きだ〜」と言っているだけでは、結局実際は何も貢献できないわけであって、
だから学者等のその筋の専門家は、愛好家を嫌うんですかね。
好きなだけで満足してしまうから。
そしてその「好き」という執着が、皮肉にも環境破壊といった悪い方向へ作用することもざらにあり、しかし当の本人にはまるでその自覚が無い。むしろ良いことをしていると信じている。
私だって動物園がかえって環境に悪い影響を及ぼす事があるなんて思いもしませんでした。

人間が動物に対して可愛いとか可愛そうだとかいう感情を持ってしまうと、だいたい結局ろくなことにはならない現実があるわけです。
その最たる例が外来種による生態系破壊です。
「可愛い」「可愛いそう」そういったメンタリティが、外来種を増やしその駆除を阻んでいる。
可愛いから飼ってみよう、面倒見きれないから放してしまおう、周囲で増えてしまったらしいが駆除するなんて可愛そうだ。可愛そうだから餌をやる。
そういうことを繰り返しているうちに、元々天敵の居ない外来種はその土地固有の種を凌駕し駆逐して、固有種はどんどん姿を消してしまい、すっかり外来種が居着いてしまったらもう、
その生態系を元に戻すことは不可能だし、そこに暮らす人々も、周囲の環境の何が異常なのかもわからなくなってしまう。

その破壊の元凶の一つが、人の「動物が好きだから」という感情だったりしたら、皮肉というか何と言うかもうなんだかどうすればいいんですかね。

それはわかったけれど。
望ましい生態系を保つには、「好き」「可愛い」「可愛そう」そういうのは邪魔だとしても、
やっぱり一度抱いてしまった感情はなかなか消せるものではないです。割り切れるものではないです。
ハトや野良ネコに餌をやる人達を認めるわけではないけれど気持ちはよくわかります。

それならば始めからそういった感情を動物に対して持たない方が、まわりまわって環境全体のためになると言えてしまいそうなのです。
認めたくないけれど。

今の私には答えは出せません。
ただこの「大事に思う」気持ちが裏目に出ないように願うばかりです。

願うだけでは何とも頼りないけれど。

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2007年1月 9日 (火)

1/8 上野動物園

ここのところすっかり台東区づいておりまして、
5日間連続で台東区に行っております。
そんでもって今日は上野動物園。
心配された強風も収まり、なんとも動物園日和でした。

しかも何と今回は一人でなく、なんとも新鮮でした。
「今まで見ていた世界が今日は何だか違って見えるよ」現象が起きました。

一人で行く分には、プランも何も無くあっちへふらふらこっちへふらふらして適当に楽しんでいれば良いのですが、
誰かと動物園に行く場合、その意味合いが異なってきます。
相手にどれだけ楽しんでもらうかということが至上命題になります。使命になります。
今までの経験がモノを言います。手腕が問われます。俄然熱が入ります。

今回の収穫といえば
カワウソ2匹が乱闘しているのを見ました。
両手でお手玉みたいに投げてしばらく遊んでいた木の実を、ひょんな調子で下に落としてしまってなんとももの悲しい表情になってしまったテナガザルを見ました。
ハチドリのホバリングをしっかり見ました。

しかし今回熱が入り過ぎたのか、
昼から行っていたのに、
それぞれ腰を据えてしっかり見ていたら5時になってしまって、
ちゃんと最後まで回りきれない事態になりました。
私としたことが、ペース配分を誤りました。
反省です。

近頃もっと短時間で回れていたのはつまり、それぞれがないがしろだったのでしょう。
真の動物園好きは、開園から閉園までずっと同じ動物の前に立っていると言います。
丁寧な心を失っていたのでしょう。
反省です。

でも非常に楽しかったです。
よく笑いました。
何より、楽しんでもらえたようなので良かったです。
しかし、だからこそミスが悔やまれる。本当はあんなもんじゃないのに!
再挑戦を望みます。

ところで今年から5月4日がみどりの日になったんですね。
知りませんでした。
ところで明日から授業なんですね。
…知りませんでした。

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2006年12月17日 (日)

チヒロさん

チヒロさん

クチヒロカイマンのチヒロさん(京都市動物園)。

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京都市動物園のこと

2006年12月13日水曜日の京都市動物園は、
あいにくの冷たい雨で人出が全く、本当に全く無く(図書館の中に親子が居たのみ)、
誰もいない!いたと思ったらあの人スタッフだ!
という状況でした。

何だろう…侘び寂びというものをいやというほど見せ付けられたように思います。
京都だからでしょうか。
雨だからでしょうか。

入ってまず目に入るのが鳥の檻と、小さな観覧車等の遊園地的なアトラクションという、そののっけから動物園的なお約束を見事に無視した変化球っぷりに度肝を抜かれました。
しかもその観覧車脇の管制室にはちゃんと管理人さんが居りました。
お客さん…いないのに…
案内図が手元に無かったので、この先一体どんな動物が居るのかと不安がよぎったものです。
それは全くの杞憂でしたが。

以下、遭遇した事柄を順に挙げます。

ねぐらの中でじっとしていたオランウータンが、私達の姿を認めて外へ出てきて檻の中を一周して元の場所へ戻る、という何ともありがたい行動を取ってくれました。

冷たい雨に打たれ、足と尾羽を濁った水たまりに浸しながら、動かずに黙って頭を垂れ、目だけぎょろぎょろと動かしていたハゲワシにすっかり心を奪われました。
あれは、哀愁どころの話ではありませんでした。
もっと切実な、痛切な何かがありました。

生まれて初めてキツネを見ました。尻尾太いですね。目が強いですね。きりりとしていますね。

ヤギのようなヒツジのような動物を前にして、ヤギかヒツジかで友達が悩んでいたところ、
通りすがりの、カッパを着た飼育係さんが「ヤギとヒツジのあいのこみたいなもんだよ〜」と教えてくれました。

ニホンカモシカ等の素朴な動物が居た辺りは、小さな滝が流れていたり凝った作りの小屋があったりして、
ここは庭園か!そうか、京都だから!と、納得しました。

そして突然ホッキョクグマ現る。近い。
ホッキョクグマって大きいなぁ!こんなのが部屋に居たらもうそれだけで他何も入らないなぁ!と思いました。
シロクマなんて上野とかでいつも見ているのに、そう思ったのは初めてでした。

室内に居たアジアゾウに謎の液体を引っ掛けられました。鼻水だろうか。近かった…

カバの池に近づいたら水中に居たカバが出てきました。

爬虫類館が面白かった。
(この日、雨で膝から下がぐしょぐしょになり寒かったので、屋内施設が本当ありがたかった)
全てのは虫類のいる檻(檻?)の壁に、熱帯を思わせる植物の絵(上手い)が描いてありました。銭湯のようでした。
ホウシャガメがやたら居りました。
ここでまた別の飼育係さんと遭遇。会話が弾む弾む。
クチヒロカイマン(ワニ)のメスと私の名前が一緒でした。水の中で立っていました。
カメ達が、飼育係さんに懐いていました。明らかに、飼育係さんが水槽に近づくと、一斉に群がってくる。
全長4mもあるヘビが慢性的な便秘に悩まされているそうで(餌はウサギ)、胴がパンパンに膨れていました。解消すべく、飼育係さんがマッサージをしてあげているそうです。
星の王子さまにでてくる、ウワバミ(だっけ?)を思い出しました。
オオサンショウウオも見ました。

ショウガラゴ、スローロリスの居る夜の動物コーナー、非常口マークが何故か赤く塗られていて、怪しげな雰囲気を醸していました。

やっぱりニホンザルの名前は日本中どこへ行っても適当に付けられているようです。
京都市動物園の場合:
母の名前「ヨコ」
子の名前「ナナメ」

そして、カリフォルニアアシカのカナさんと思わぬ再会を果たしました。
去年の秋頃に上野動物園で生まれたカナさんですが、このごろ見ないなぁと思っていたら、
おまえさん京都に居たのか!
何か色々大変な境遇をくぐり抜けて一時的に京都に来ているそうで。
大きくなっていました。
担当の飼育係さんとまたも延々喋り続けました。
飼育係さんはカナを本当に可愛がっていました。
食事を終えたカナは、飽きる事無くずっと床を滑って遊んでいました。

帰る頃になって、雨が止んで来て、お客さんがぽつりぽつりと現れだしたので良かったです。
他の日はもっと人が居るそうなので、安心しました。

時間も限られており、悪天候もあって100%堪能というわけにはいきませんでしたが、
何だか一頭一頭の動物が「濃い」動物園でした。
見かけによらず、結構広さもあります。
今回書いてませんがライオンもトラもキリンもピューマもいます。

しかし何と言っても、気さくな飼育係さん達が素晴らしかった。愛を感じました。
雨だろうが寒かろうが客が来なかろうがせっせと働く彼らが居るからこそ成り立ってるんだよなぁと改めて思いました。

動物慰霊碑に、きれいな花が手向けられていて、ここにも愛を感じました。
京都だなぁ、と思いました。

中学の修学旅行の時、私が京都市動物園に行きたいと主張したら
「何で京都まで来て動物園行かなきゃいけないん?」と班員全員の反対に遭い叶わなかったのですが、
今なら反論できます。
動物園が全部一緒だと思ったら大間違いなのです。
京都の動物園は東京の動物園とはちょっと違うんだ!
大人500円。
京都観光の際には是非どうぞ。平安神宮の近くです。

雨の中、動物園に同行してくれた京都在住の友人にも感謝です。
楽しゅうございました。

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2006年11月30日 (木)

動物園日和。

爽やかに晴れましたね。
こんな日には動物園に行きたくなります。
でも実は前日から、「明日は動物園に行くぞ!」と心に決めていたのでした。

本当は朝早く起きて行くつもりだったのに、昼頃に目が覚めて、
起きて時計に目をやった瞬間、ものすごく残念な気持ちに襲われました。
しかしテレビ見ながら腹ごしらえをしていたら、ワイドショーで上野のパンダの特集をやっているのを偶然見かけて、
まぁ何てタイムリーなこと!
と、再びテンションが一気に上がったのでした。
リンリン以外にも、日本にパンダはまだよそに沢山居るものと思っていたのですが、あの子らは借り物だったんですね。中国からのレンタルだったんですね。しかも高額。それは知りませんでした。
関係無いですが、テレビ朝日の大下アナと、安めぐみの喋り方は似ていると思います。二人ともファンです。…ファンなんです。

話に戻ります。
しかし本当に動物園日和というか、お出かけ日和でした。
上野公園のイチョウもいい色になっていました。
よそゆきに身を包んだおばちゃん達でにぎわっておりました。
また関係無いですが、電車に乗る時にはきちんとよそゆきを着るという文化が、ある年代以上の方々にはあるようです。なんか、いいなぁと思います。
よそゆきを着て、電車に並んで座っていた老夫婦を見ながら、なんか、いいなぁと思いました。
…なかなか話が進みませんが、とにかく動物園に行ったのでした。

上野動物園、平日とは思えない程の人出でした。
ちびっ子も沢山いました。いいですね。やっぱりあの雰囲気が好きなんです。にぎやかでなごやかでいいですね。
シロフクロウの寝顔は幸せそうだと思います。
レッサースローロリスは可愛い過ぎると思います。
オニオオハシが草食であることを知って衝撃を受けました。2羽で細長い葉を取り合っていました。
カナダヤマアラシの顔は変だと思います。
カピバラの顔は癒し系だと思います。
ゴリラは今日も布を巻いて寝ていました。
バッファローは今日も家に帰りたがっていました。
ハシビロコウは今日もカメラマンの人気者でした。あくびしているのを見ました。

バクの背中にカラスが乗っていました。
カピバラの親子をカラスが脅していました。
ホッキョクグマ用の餌(骨付き肉)をカラスが食べていました。

あぁ、楽しかった。
しかし何かあれだった。無性に一人で居るのが寂しかった。今まで無かったことです。どうしたもんだろ。

その後学校に行って、必要以上に人に話しかけていました。

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2006年11月23日 (木)

ズーラシアへ行く

行ってきました。
念願の、よこはま動物園ズーラシア。
とにかく広かった。あれだけ広いんだから、駅から遠くても仕方ないと思う。
土地が広いので、動物一匹一匹に確保されたスペースもまた広い。
動物密度(…人口密度みたいなイメージ)が低いなと思いました。その分ひとまわりするのに結構時間がかかるけれども、そこもまたいい。

園内の動物が生息地別に配置されているというのは、今までありそうでなかなか無かったと思います。探検というか、動物のすみかに人間がお邪魔しているという感じがしました。
狭いとどうしても逆になりがちです。どうしても、人間のすみかの延長線上のスペースに動物が居るという感じがぬぐい去れない。
まぁ、現実として両者とも動物園は動物園に変わりはないのですが、恵まれた土地環境を充分生かす見せ方になっていました。またそれぞれの生息地「っぽさ」を醸し出す演出も、芸が細かくて素敵。
至る所に配置されている掲示版などから、随所に強いメッセージ性を感じました。教育に力入ってますね。

流石、次世代の動物園の呼び名は伊達じゃないと思いました。

個人的には単純に、初めて見る動物が多くて楽しかったです。
キノボリカンガルーとか。モウコロバとか。ヤブイヌとか。
ヤブイヌ一家は凄かった。五つ子が生まれたとかで、もう、大家族で列を成して、ぞろぞろぐるぐる歩き回っているんです。

200円で(借りる時に1000円払って、返却寺に800円が返される)貸してくれる双眼鏡もよかった。すごくよかった。
睫毛の一本一本、口角のしわ、爪の形、手に取るように見える。表情がはっきり見える。
やっぱり同じ種類でも個体ごとに顔って違うんだなぁと思いました。今更ながら。
双眼鏡。自前で買ってしまおうかと本気で思うほど、目から鱗でした。全然違う。双眼鏡があれば10倍くらい楽しめると思います。

今回初めて行っての全体的な結論としては、質の高いアミューズメント施設。
イメージ的には、埼玉のこども動物自然公園に似ているものがある気がします。
平日だというのに、ちびっ子連れや年配のご婦人達でかなり賑わっておりました。
あーよかった。

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2006年11月 5日 (日)

動物園の魅力について、再び

また渋谷に行きました。今日はちゃんと財布持って行きました。
パルコ地下の本屋でふと手に取った雑誌の特集が動物園でした。ちなみに写真山脈という。
やーっぱりさぁ
やーっぱりさぁ
動物園はやっぱり面白いよなぁ、今こそ動物園だよなあ
と元気が出ました。
ええ。元気が出ました。すっかり元気です。ご機嫌です。自信満々です。もう歌だって歌えます。嘘みたいです。

しかし本当に動物園は深いと思うのです。
私の技量が無いのでその魅力を十分に伝えることができずに歯噛みしております。

行く人行く人でそれぞれ別の事考えられる場所だと思うのです。考えていい場所です。
それぞれ楽しめる場所だと思うのです。楽しめないにしても何かしら感じる場所だと思うのです。
娯楽だけじゃ駄目だの可愛いだけじゃ駄目だの、言いたい事言ってましたが、もうそういうの撤回したいくらいです。
まるきり娯楽でもいいと思います。始めから終わりまでずっと可愛い〜って言ってても全然オッケーだと思います。

ただ、他の見方も出来るよっていうことだけです。
ただ、私の見方もそのうちの一つに過ぎないということです。

倫理的な見地に立っても考えられます。考えは尽きません。
もちろん生物学的な観察に明け暮れてもいいでしょう。
写真を撮りに行ってもいいし、写生しても素晴らしいでしょう。一句詠むのもいいかもしれません。
動物が友達で友達に会いに行くんですってそれでもいいでしょう。
散歩の途中でちょっと寄りましたっていうのも素敵です。
彼女がパンダ見たいって言うから一緒に来たっていうのもいいですね。
ゾウ舎の前で子供を肩車してる父さん母さん、微笑ましいですね。
この前サル山の場所を案内して差し上げた老夫婦は、20年振りに上野動物園に来たとおっしゃってましたよ。20年振りに行ってみようか、と思い立って、来てくれたということがありがたく、あたたかいではないですか。

そんな、てんでバラバラな目的の人達が沢山集まる場所、それが動物園!
楽しいじゃあないですか。こんな場所なかなか無いじゃないですか。
てか、人間だって動物ですよ。人間含めて動物園です。
それでも出会う動物はやっぱり他者で、そこには境界がある。不思議です。

そして、そんな動物園は帝国主義の生んだ産物だなんて言うんだから、穏やかじゃないですね。ただものではないですね。動物の権利も含めてこれは考えがいがあるというものです。相手にする甲斐があるというものです。
それらまるごとひっくるめて面白い。
声を大にして言う。動物園は面白い。

…と、どうしてこんなに元気になってしまったのか、
本屋に行ったことも作用しただろうけれど。動物園のこともあるだろうけれど、
仲直りをしたということが嬉しいんだろうな、と思う。
つくづく単純だと呆れます。微笑ましく呆れます。


見たもの:タナダユキ 『タカダワタル的』

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2006年10月28日 (土)

再会

再会

午前の授業を終えた後、上野動物園へ。
考えてみたら2ヶ月ぶりという驚愕のブランクを経ての来訪でした。
年間パスポートを更新して、門をくぐったら何か泣きそうになりました。
何かとてつもない安心感に包まれたのでした。
ホームだわ。
テポリンゴが遊んでるの見てしみじみしてました。
リンリン(パンダ)が横着しながら食事している様を見てしみじみしてました。
シロフクロウをいとおしんでしみじみしてました。
ココちゃん(ミナミコアリクイ)が飼育員のお姉さんに連れられてねぐらへ帰る場面にも居合わせました。
今日のシロクマ達は何だかおかしくて、しきりにダイビングしておりました。
水面から足が出てました。(写真参照)
…シンクロ?
餌が水中にあったんだろうか。
あんな様子を見たのは初めてでした。
そして私が劇団と関わり始めて動物園と疎遠になり始めた8月下旬の段階で、コウメ(コビトカバ)は親離れしていたようです。久しぶりに見たら大きくなってました。成長したなぁ。

動物園て何だろうと、常々思っているのですが、
不思議なことに、行く度に印象が変わります。
時に楽しく、時にやりきれなく、時につまらなく。
行く時の精神状態が、大いに影響しているのかもしれません。

「動物に癒される」ということは、いつもは忌み嫌っているはずなのですが、今日ばかりは癒されました。回復しました。動物に癒されたというよりは、久々にいつもの場所に行けたことで何かが補給されたんだろうと思います。
足りなかったもんねぇ。何かがねぇ。

私は、うちの猫を見るのと同じように、動物園の動物を見ているんだろうと思います。上野に関してはきっとそうだと思います。

その後アメ横を徘徊。
長い間封印されていた物欲が此処へ来て一気に刺激されて、大いに弱った。
色々なところをふらふら回っては喋り倒しました。
ああ上野好き。


読んだもの:いとうせいこう 『全文掲載』

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2006年10月11日 (水)

ありがとう、カバ園長

カバ園長が亡くなったそうだ。

上野動物園で長年カバ担当の飼育員として働き、
後に東部動物園の園長に就任して、「カバ園長」の愛称で親しまれてきた西山登志雄さん。

東部動物園は地元埼玉県にあり、小さい頃よく両親に連れて行ってもらっていた。
1981年から19年間園長の仕事を務めておられたというから、私が通っていたその頃の園長はずっと西山さんだったことになる。
カバ園長の名も、おおらかで面白いおじさんというイメージと共に記憶がある。
どうしてだろう。実際会ったのかな。講演会に行ったんだったっけかな。学校に来たのかな。
幼かったが故に、西山さんに関する詳細な記憶や知識は乏しいけれど(ずっと「カバ園長」として覚えていたから本名は恥ずかしながら今日知りました)、
私が「動物園の人」に興味を持つきっかけになった人物が西山さんであることは確かです。
その後、あべ弘士さん(飼育員・絵本作家)や故・薮内正幸さん(動物画家)の存在を知って、動物や動物と出会う場所としての動物園、そしてそこで働く人々に対する愛着を深めていったのでした。
考えてみればそうでした。
そんな少女時代を経て、年間パスポート片手に上野に通い続ける現在に至るのです。

言わば動物園に関する原始記憶は、カバ園長と共に在る。
カバ園長、という言葉を合図にどんどん湧いてくる、この暖かな懐かしさよ。

動物園へは人一倍多く通っているから、その分考える事は多い。
無邪気にはしゃげる時期を過ぎた後は、罪悪感とか、後ろめたさを感じた事も多々あった。実際距離を置いていた時期もある。今だって、全部吹っ切れているわけではない。
それでも今でも動物園が好きなのは、当時の暖かい記憶があるからなんだろうなと思う。

動物が閉じ込められて見世物になっている場所であることは事実。
それがかわいそうだと言われれば、私は反論できない。
でも、その動物が少しでも良い暮らしができるように考え、努力している人達がいてくれていることも事実だ。
本当に動物が好きで、その面白さを少しでも多くの人々に伝えようとしている人達がいてくれていることも事実だ。

カバ園長は、きっとそういう人だった。
そういう人達がいるから、私は動物園が好きでいられるんだろうと思う。

心から、ご冥福をお祈りします。

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