« 地始凍 | トップページ | 認める、ということ »

2013年11月13日 (水)

地始凍2

拾ってくれた会社の方針が変わって、社内初の営業役になったものの、

営業という仕事に対してわたしは、どこか胡散臭い印象をぬぐい去れずにいて、
そのことは、外回りが習慣づいてきた今でも少しは胸に刺さっているのですが

1日じゅう1人であちこち移動してるのも誰かの話を聞くのも好きで、
というか、話を聞くのは、これはもう絶対に間違いなく好きだ、とそういう確信は日々深まっていて

ただ、話を聞きに行く約束を取り付けるのはちょっと苦手であるな気が重いなというのもいつも思っていて

ということは、わたしの仕事は、約束を取り付けることなんだ、
取り付けてしまえば、あとは楽しいことしか残らないんだから(もちろん遊びじゃあないが)、と今日ハタとして

営業に対する心の重さが半減したような気がします。
気がするだけかもしれないけど。

また、断られて落ち込んだり、わたしのやってることってただ迷惑なだけかもとかよぎったり、自分に何ができるのかわかんなくなったり、ばーかばーかと思ったり、
しょっちゅう、しょっちゅうするんだろうけど。

でも、約束を取り付けて、その約束を果たすことがわたくしの日々のお仕事、というのは確かだと思います

そのためにまず、約束をしてくれるくらい信用してもらう、話したい相手になる、
そんで、裏切らないためにがんばる、やるべきことはそれなのよなと


会いに行くっていうこと、は、

力を込めて芝居を作り上げたり、店に来てくれる人を喜ばせたり、というのとはまた違うもので

新しく仕事を探す、自分から仕事をつくるっていうのは

やるべき仕事は常に自分の「外」にしか存在しないということで
それはとても心細いし、不安なこってす、はい

そういうのを重ねていくことで、自分の中になにかが目に見えて残ったり、
いわゆる手に職がつくわけじゃないし、なにかできるようになった、みたいな進歩の区切りも特にない、

けど、

その、話を聞くの好きだあ、というこの今のひとつかみの実感は、なんか泣けてくるほど嬉しいものでして

自分のしてる仕事について話してくれる人達、もれなくかっこいいんすよ。こう、きゅーんとするんすよ。

翻訳を頼んでくださる方のしてる仕事の凄さと、
いい翻訳をしてくださる方の仕事の凄さを、
両方ともちゃんとわかった上で、正々堂々やっていきてえよなあと思って

多分あらゆる産業翻訳の奥にはそういうものがなきゃいけないし、
翻訳を、ただの言葉の置き換えと思われてたまるかと思って、

そのためにしっかり働いて、みんなのことサポートするには、
そういう、学んで伝える力が絶対に必要で、全然まだまだだと思って、

仕事にやりがいがあるっていうのが嬉しくて、でも力不足なのが悔しくて、


がんばりますと。思います。

半七捕物帖の善八のように(半七のように、とはまだ言えない)、如才なくやっていきたいです。

あとあれ。「憶さず!」

|

« 地始凍 | トップページ | 認める、ということ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95116/53925505

この記事へのトラックバック一覧です: 地始凍2:

« 地始凍 | トップページ | 認める、ということ »