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2008年9月30日 (火)

二十歳の夏休みのまとめ

老後さながらの隠居生活の中、
図書館と動物園と野毛の店があれば
私は楽しく生きていけるなと思いました。

それでも
楽しいだけでは足りないわけで、
動きたい気持ちは抑えられません。
動けないので考えていました。


知りたいのは、人間が動物を思うという、どう頑張っても一方通行な思い入れが、
消費社会の枠に吸収されることなく
何がしかのポジティブな効果を生み出すにはどうすればいいのかということです。

どんな努力も、突き詰めれば結局人間という種の存続のためのものに過ぎないと断言した上で、
それでも尚、人間が存続するためには
その周りに動物がいなければならないと私は考えたいです。

有益なものも有害なものも、あるがままの状態でそこに居続けて欲しいと思います。

身の回りに動物がいない(と思われている)今、
殆どの場合人間は、他の人間を通して動物を見ています。
動物写真家なり、テレビのカメラマンなり、
そういう意味では見世物である動物園もそうだと思います。
人はもはや「まっさらな」状態で動物と向かい合うことは不可能で、人為的に作られた動物のイメージしか受け取れないのだとすれば、
そのイメージを作る人間の重要性がいよいよ高まってくるはずです。

既に身近からは大部分が姿を消しています。
都市においてはもはや人間に所属した、人間の見たい姿の動物しか見ることができないのなら、
物語や芸術作品の中で描かれる動物のイメージにしか、
可能性は無いのではないかと思いました。

出来ることなら直接救いたいし、報われたという実感も欲しいです。
でも私に出来ることは多分それじゃない。
ペットや家畜の世話をしていれば多分楽しく生きていけるでしょう。
だけどそういうことでもなくて。
私が相手にしたいのは人間です。人間の中にある、動物に対する敬愛の念です。
それを引き出して、どうにかしたいです。
どうにかできませんか。


休み中に考えていたことの経過はこんなところです。

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2008年9月27日 (土)

メイメイさん

メイメイさん
いつぞやのメイメイさん(野毛山在住・接客業)

その太い腕を見るにつけ、
あぁ、これは勝てない
と思うのであります。


近況:腹が筋肉痛です。

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2008年9月25日 (木)

動物が好きな方はぜひ

唐十郎作品の多くに動物が登場します。
特徴的なのは人間との関係性、力関係です。
強い存在として、人間のコントロールの外に居るものとして、
登場人物と同じくらい重要な鍵となって物語を動かしていきます。
決して隷属しません。ペットや家畜ではありません。
擬人化してもいません。動物そのものです。

舞台は血や性という、人間の生々しい動物としての断片に満ちています。
血みどろで足掻きながら立ち回っているのは人間です。
動物はただ動物として振る舞うだけで、
人間同士の意思や情念のぶつかり合いの上の次元にいる。

そしてしばしば登場人物は動物に語りかけます。
動物は必ずしも返事するわけではありません。
その一方通行な在り方。
他種他属という
どんなに身近にいても絶対にわかり合うことが出来ない対象に対する、人間の振るまい方。
境界を超えようとする人間。超えることで、力を得る人間。
一種の通過儀礼かもしれません。

人間と「野生」の動物とがあんなにも密接に関わる物語を書く人は他にいるだろうか。
関わるといっても、交流ではなくあくまで一方的な関わりなのですが。
人間の動物に対する思い入れも一方的で、
動物の人間に対する力の行使も一方的で。

自分の中の動物、自分とは他の動物。
人間にとって動物って何だろうと考える時に、
私はいつも唐さんの描く動物の姿を思い出します。

動物が好きな方はぜひ、作品に触れてみて下さい。
動物がかっこいいんです。
でもそれすら、作品全体の魅力のほんの一部にしか過ぎないのですが。

舞台の上が非日常だと誰が言いましたか。
社会を構築することですっかり偉ぶっている人間のルールが通用しない世界、それもまた日常です。
地球のどこかに必ずあります。けれどこの群れの中にいるとなかなか実感できない。
それをこの都会で体験できることなど、そうそうありません。
隠された日常を描くために用いられた虚構は日常生活の側にこそ親しいものです。
その虚構は生きている人間の動物的部分に直接作用します。人間のどこかに必ずあります。
虚構という窓口から外を覗いて、
日常という概念ごと掻き回されるがいいと思います。

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2008年9月22日 (月)

見に来て下さい。

たまに「意味の薄い組み合わせ」があるとしても
色々な経験をするといいのと、
色々な人と会って話すといいというのは、
その2つは
日常と退屈とを等号で結ばないための手段として絶対に正しいということだけは、
まだ20年11ヶ月しか生きていないこの時点でも確信できます。

色々な本を沢山読むといいというのも多分そのうちの一つです。

唐ゼミの芝居を見るという経験を、
絶対に一度はするといいというのもきっとそのうちの一つです。

第13回公演ガラスの少尉、
川崎及び京都公演のチケット発売は本日からです。
ちなみに今回のチケットは最高傑作です(自己評価)。
ご予約お待ちしております。
詳細及び予約方法は唐ゼミホームページにて。

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2008年9月19日 (金)

シンクロナイズドスイミング

シンクロナイズドスイミング

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2008年9月17日 (水)

おみやげ

20080917222741

山形からのおみやげを頂きました。
ダリアです。
吹きガラス体験で作ったコップに入れました。

きれいだ!

早く復活できるよう頑張ります。


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2008年9月16日 (火)

来い後期

腰をいたわりだして以来、めっきり行動が保守的になっていけません。
リハビリと称して散歩ばかりしています。
散歩は手ぶらでしなくてはならないという自分ルールがあります。
時々行きすぎて帰れなくなります。
しばらく休んでから帰る。
これが二十歳の人のやることか。
最後まで年相応のことはできなさそうです。
ディズニーランドとか行ってみたかった。
あと一ヶ月少々…無理そうです。

そうこうしているうちに半月で後期が始まります。
まず成績が出ますね。
きっと一年延びます。もうこうなったら盛大に勉強します。
避けきれないので全部吸い取ります。

ゼミも再開です。
前回発表時には鶴見和子伊藤比呂美石牟礼道子を本気で読みましたが。
次回発表時までに草野心平吉本隆明宮沢賢治を本気で取り込みます。

ガッツ。

日高敏隆と荒俣宏と松岡正剛に触れては感化されつつ。
この先、野生の思考や環世界論を経て、
最終的にまた、南方熊楠に戻って来るでしょう。
博物学と文学と民俗学と。
凄い先達が沢山いて、本当に心躍ります。
工作舎という出版社の出した本は一生かけてでも全部読みたいと思いました。

消費社会論とか権力論とか、大恐慌とか
いろいろ大変なことはこれからもきっとあるけれど
そういうのを飛びこえるような、
人の本気の執念について何かを見出したいんだと思います。
私の執念の活かし方を見つける為にです。
以上、現在の向学心でした。
若者らしさはこういうところに注ごうと思います。
腰が痛くてレジャーを楽しめないから。

そんな毎日です。
隠居してるので本だけは読んでいます。今はアリス狩りです。
20ページ毎に体勢を変えれば大丈夫です。
大腿四頭筋強化訓練しつつ読んでいます。
すくすく育て!


この前電車で居合わせたのに声を掛けることができなかった友達は、
ツルゲーネフを読んでいました。
私は読んだことがありません。

タマネギみじん切りして涙流してもひとり。
原因たる揮発性の物質を外へ流そうとして換気扇を回し
一斉に上がって来た微粒子の猛攻に遭って更に涙を流し騒ぎ回ってもひとり。


この一週間で、
・世界は広い
・ひとりは寂しい
という思いを強くしました。

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2008年9月13日 (土)

朝顔日記・最終回

遠く山形に思いを馳せつつ。
私は元気です。

朝顔市からこの夏を共に暮らして来た朝顔を、
今日手折りました。
手折るっていうのは語法的に間違っているのか。
種を収穫して、お別れを致しました。

朝顔がいたことによる恩恵は計り知れないものがありました。
近所の方々とのコミュニケーションにも一役買ってくれました。
ありがとう朝顔。寂しくなります。

そしてもうすっかり秋です。

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2008年9月10日 (水)

世界の関心

9月11日の日本証券新聞一面トップの記事に、
「生物種を守れ!!」との
でかでかとした見出し。
要は、温暖化の次に来る環境問題のトレンドは、
生物多様性崩壊の件ですよということ。
「生物多様性に世界の関心」の小見出しに、一体世界って誰のことだと毒づいたり。
初めて買ったよ日本証券新聞なんて。

市井の人の草の根活動より、
結局力を持つのはそういう経済の流れだっていうのはわかっているから、
その意味では素直に喜ぶべきことだと思う。
何を今更とか、
どうせイメージアップを果たしたらハイ終わりでしょうとか、
ビジネスチャンスの流行として扱われることの違和感はそりゃ、ありますが。

こういう時心の底から感じるのはいつも同じで、

生物種の危機に普段から痛みを覚えていて、
本当に何とかできないかと思っている、
そしてささやかでも何かしらの活動している人々の切実さが
どうか実りますようにと、ただただ祈るばかりです。

そういう思いを偽善だと、結局踊らされてるだけだと嗤うことは簡単だけど。
その真剣な思いを見下して馬鹿にするような人を見ると、本当に悲しみが湧いて来ます。
でも「思い」とか「感性」だけじゃどうにも弱いことは事実だ。

本当に弱いのか。
毎日状態を目の当たりにしている人々の実感や、愛とか、守りたいという気持ちは、調査報告書のデータより本当に劣っているのか。
ビジネスとか、国の決定に対して、どうしてあんなに無力なんだろう。
どうして思いは伝わらないんだろう。
伝えたい相手が、五感と心を以て受け取ってくれないという問題。
相手にとってはあくまで仕事、そこに「私情」を持ち込むのが禁じ手だというのなら、
じゃあ一体どうすればいいのと。
永遠に、「思い」は無いものとして扱われ続けるんだろうか。


貝類研究家で歌手で詩人の山下由さんの苛立ちが身に染みます。
以下、ブログより引用。

『(前略)皮肉や批判を加える気になれるだろうか?
目にも明らかで,誰にでも分かる.
どんな科学や説明が必要なんだろうか.
私たちは,分かりきったことを延々と説明するために,この世に生まれてきたわけではない.
愛をもってすれば容易に解決できることを,あえて複雑にして社会という迷路を作り,科学を目的として生きているわけではない.』
(08.06.14付ブログ)

『最悪なのは,この「今,泡瀬で起きていること」を,内閣府沖縄総合事務局,沖縄県,沖縄市が,何も知らないということです.
もちろん,こうした状況について,「泡瀬干潟を守る連絡会」などが行政に警告を行ってきました.
私がここで言いたいことは,
彼ら(内閣府沖縄総合事務局,沖縄県,沖縄市など)が,「今,泡瀬で起きていること」「本当に起きていること」を,自分の体で何も感じるとることができないし,しないということです.
現実を,痛みを理解できないところに,救済はないでしょう.』
(同、08.07.24)

身近な干潟の埋め立てに何も感じない、それを問題だとも思わないくせに
地球規模のエコを無邪気に語りたがるものへの不信感そして無力感は
いったいどうしたものか。
開き直るしかないのか、諦めるしかないのか、
それでは、人間に五感や心がある意味が無いじゃないかって…。

いわゆる「世界の関心」が、その苛立ちにも向けられて欲しいと思うのです。

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2008年9月 7日 (日)

宝島

ただひとつの
あこがれだけは
どこの だれにも
けせはしないさ

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2008年9月 1日 (月)

故障者の手記

故障した奴の身の振るまい方やメンタルの在り方は、
何らかの高みへと向かっている集団の士気にけっこうな影響を与えてしまう。
良い方向にも悪い方向にも。

3年前に腰を壊して覚えたことです。
それでも頑張って怪我と向き合う姿勢は時として集団を奮い立たせるし、
怪我を理由に怠けたり逃げ出したりすると、必ず集団を残念な気分にします。

回復までの道は困難です。
逃げてみんなに失望されるくらい何だと思う程度には困難です。
養生したからって戻るわけじゃありません。
治ると戻るは違います。
元の日常に要求される水準が高ければ尚更です。

頑張らないことにはいつまで経っても何も出来ないけれど、無理した途端にふりだしもどりです。
頑張ると無理するの間の正確な境界線はありません。誰も決めません。決めるのは自分だけです。
誰も痛くありません。痛いのは自分だけです。

体を壊した時こそ精神の強さが問われます。
痛みなど自分が我慢すれば済む話だと思うのは、独りよがりです。
集団から切り離されたと思うのは、被害妄想です。
いずれも故障者が陥りがちな症状です。
自分のことも、周りのことも、大事にしなくちゃだめです。
3年前に覚えたことです。

みんなが頑張っているからこそ、
私は元に戻りたい。
取り乱してこれ以上の迷惑をかけたくありません。
今こそ強くあるべき時です。
悲劇ぶらないことです。あせらないことです。感傷に浸らないことです。

痛みとのたたかいは孤独ですが、
私は決して一人ではありません。
だから頑張れると思います。

そういうことを、私は今日みんなを見ながら思いました。
大変でしょうが、力になれなくて申し訳ないのですが、どうか頑張って下さい。

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