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2008年6月28日 (土)

<佐藤家における不殺生に関する規則>

1.流血する程噛む、或いは、刺す
2.毒がある
3.何かを飛散させる
4.私よりも強い
5.大切なモノ及び人に深刻な被害を及ぼす

私の部屋のテリトリー内に侵入した生物(主に昆虫を想定)は
以上5項目に触れない限り、
ぜったい殺しません。
ちょっと触れたとしても、できるだけ殺しません。

でっかい存在の前では謙虚になり、
ちいさな存在はただひたすら愛おしみます。

以上、遵守します。
遵守できる程度の心の余裕は常に維持するよう努めます。

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2008年6月27日 (金)

献身的

生体リズムを一から組み直そうと思っているのですが
…てんで駄目だ。
2日無睡と20時間睡眠のくりかえし
くりかえし
死の木曜日
染み付いちゃったかしら?
朝寝て目を覚ますと夜
腰が痛いのと体が冷たいの二大持病も作用して
ああっもう!!

一人で本を読んでいる分には良い
でもこれじゃあ普通の人々と一緒に暮らしていくことが
できない!
生物的機能を狂わせて集団的動物としての欲求を打ち消してまで
貢献したいのかね、
ただ単に重宝されてるだけであって感謝されてるわけじゃなし
活動時間の行動だってマニュアルづくめだし
マニュアル以上の努力は無駄と見なされますし体力削られるだけ。
深夜のお客様なんて、大方は酔っ払いか眠そうな人か疲弊しきった人だ。笑顔で元気に心を込めて応対したところで、反応は薄い。
皿を下げるときにごちそうさまって言われるだけで感激する始末で、それってどうなんですか。
努力してる己は正直ばかばかしいですが努力しないと手抜きに思えてしまうクソマジメ性分なので努力する。報われないのはわかりきってても努力しかできない。そしてへろへろになる。
寝たら死ぬから寝ないで出席取られるためにぼんやり大学行って
ここでも授業中寝るのが許せないので寝ない。
友達に会っても元気で正常な対応が出来ず。
行った日はまだましで
行けない日は罪悪感と後ろめたさにうなりながら終日ベッドの中。夜起きだしてまたバイト。

私が悪いんですよ。
たかがバイトの分際でやりがいやら責任感やら己に求めちゃって
適当に手抜きできなかったり
増えるシフト突っぱねられなかったり
「店の事情」に気ぃ遣って辞められなかったりで
要領よく立ち回れない私が悪いんですよ。正直言って店もそこまでは求めてないですよ。そこそこクレーム来ない程度にシフト埋めてくれればいいんですよ、多分。
むしろ勝手に頑張って自滅されちゃって迷惑〜とか思ってるんじゃないですかね。自業自得なんすよ。
そう、自業自得なのに、店の外の人にまで迷惑かけちゃって、最悪ですよ。
それは授業も然り。

本当に大事にしたいものをみすみす失っていく過程を、お見送りしている。
もう、楽しく生きるとか、やりたいことをやるとか、勉強とかより、
便利に使われる方が、社会のためなのかなぁとか、ぼんやり思ったりも、する。
いやだ。そんなのは、いやだ。
何かのためとか、本当にいやだ。献身的でなんになる?
辞めよう。逃げよう。自業自得なんだけど。私が悪いんだけど。

あああ
動物園のやってる時間に起きて
上野に行きたいなあ。
…しばらく、行ってない。

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2008年6月24日 (火)

買ってしまった!

買ってしまった
あんなに働いたんだもの、
自分へのご褒美というやつをしても良いはずだ。


つい思って
大枚はたいて購入しました。
最新の動物図鑑。

驚愕しました。
感涙しました。
赤面しました。
…地球をナメちゃいけないなぁと改めて思いました。
周囲の動物園に居る動物を網羅したくらいで調子に乗っていた自分を恥じ入りました。
知らない動物。
知らない習性。

…アシナシイモリって。

興奮醒めやらぬ午前2時です。

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2008年6月22日 (日)

肩こりに効くキンカン

1.
キンカンのパッケージを改めて眺めていたら、
虫さされと同列に
「肩こりに」と書いてあって、
まさかそんな、ねぇと半信半疑のうちに塗布してみたところ、
…なんだかこれは本当に効くかもしれない。

2.
無言で沸騰湯を左脚に浴びた一昨日の晩でした。
非常に熱かったのですが無言でした。
そのまま無言で患部を冷やし続けたので後遺症は無し。
…そんな先輩の誕生日会でした。

3.
気圧に圧されて滅入りそうな日々ですが、
先刻突然前途が開けて目から鱗が落ちました。
とりあえず日々全力という前提は変わらず、
そのエネルギーの矛先を間違えないようにするという、
そういうことだと認識しました。
私は今迄一体何を気にしてたのか。
未来か。世間体か。

それにしても、
近代的自我とは無関係の、生き物としての人間を相手にした仕事。いいなぁ。
とりあえず生体リズムは180度修正の必要。

根拠の無い自信も考えものですが、
根拠の無い不安はより一層考えものです。
己を顧みてみれば、不安に比べりゃ自信の方がずっと根拠があったにも関わらず。
不安不安言って怖い顔しててもよう。

4.
読書とアルコールに耽溺する日々もそろそろ収束するか。
終わらないにしろ穏やかにはなりましょう。

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2008年6月20日 (金)

ホワイトホースを3杯

渾身のゼミ発表を終え、
精神が藻抜けの殻状態と相成り、
その名残りとして沸々とした気体、
つまり熱気、
が充満している胸中です。
誰かの切実な願いに対する深い共感が人を救済する
という言葉と共に。

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2008年6月17日 (火)

唐組参観

唐組千秋楽、行って参りました。
なんだかもう
うれしくなって
たのしくなって
どうしよう という始終ずっとそんな状態でした。
同時にとても安心したのです。
世界はちゃんと豊かで、きめ細やかな状態を保っている、
見る人が見れば。
見えるやつもいるんだから、見えるところまで、かけだして行こうよ、
とは動物園が消える日の言ですが、
そうやって導かれて行った先に見えてくる世界というものがあって。
それを見せてくれる人達がいてくれて。
感動というものは、そういう時にするものです。

舞台上のお話だけの、虚構とかファンタジーではないと思うのです。
世界の持つ根源的な豊かさを、その魅力も混沌も引っ括めて全て引き受けてくる感受性があり、そしてそれを読み解いてその肉体でもって体現する集団によって練り上げられたという、そういう芝居だよなぁと。
テントから発散されて日常になだれ込み、些細な思い出や日常の端々と呼応し合ってまた新たなうねりを生じさせるような、何だか得体の知れない力を受け取っているのは私だけじゃないと思います。
するべきは、その力を反射させてまた送り出す営みです。

唐組の皆さんの、お互いの存在によって化学反応しあって全てが生き生きと炸裂していたさまは、
ああもう本当に目の当たりにできて幸福なことでした。
ありがとうございました。

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2008年6月15日 (日)

犬も歩けば

犬も歩けば
写真は

昨日起きてニュースを見て
あーもう今日は外へ出ません宣言
をしたが程なくしてやはり出たくなり、
昼ごはん外食しようと思い付いてうきうきと山を下りてはみたものの、
店を決められないまま歩き続けたら中華街まで行ってしまって、
変な子供服屋の軒先にぶら下がっていたパンダの首に一目惚れして、
680円払って連れ帰ってきた、
という代物です。

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2008年6月13日 (金)

爽やかな六月の夕

<昨今の関心事>

1.
己と外の境界の摩擦で生じるエネルギーの行き場の無さについて

2.
共視体験の場としての動物園について
一人で行く動物園とそうでない場合の動物園の意味合いの変化について

3.
社会における自分の役割について。
自分の中での社会というものの位置付けについて。
恩返しについて。

4.
アニミズムについて

5.
人間関係については、
己の長所はあつかましさや押し付けがましさにしか無いので、
開き直ってのさばっていくしかないということ
(たまにそれが難しいのだけど)

因みに今現在の関心事は、
帰宅して即目に飛び込んできた、
部屋の窓真っ正面に沈む夕日の美しさについてです。
西向きの部屋の特権。
およそ半年振りに精神がすっきりしているここ数日です。

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2008年6月10日 (火)

おめでとうありがとう

おめでとうありがとう
ペットボトルのウーロン茶買って
シールめくったら
ラーメンが当たった

ただそれだけで
一気にぶち上がったテンション哉

単純。

ハガキ買わなきゃ!

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2008年6月 9日 (月)

猫400号に寄す

猫400号は、水俣病の動物実験で初めて発病が確認された猫。

南方熊楠から始まって方々へ散らばった読書ルートが、
一旦鶴見和子に落ち着き、
そこから石牟礼道子に派生して
ゼミ発表の際には伊藤比呂美も巻き込んでいます。
今は南方から少し離れたところに居りますが
クマグスの森における重要な水脈に触れている気が物凄くするのです。

そうなれば水俣病の話に関わらない筈がなく、
その過程で猫400号の存在に行き着いた。
猫のことはゼミじゃあ言わないだろうけれど、思いを馳せざるを得ません。
踊り狂って死んでいった幾多の猫が水俣病の前兆だったそうで。
それから暫くして始まった病の蔓延、
そして動物実験による人為的な発症をもって
水俣病の原因がチッソ工場から流出する水銀であることを裏付けた猫400号。

「苦海浄土」を読んで水俣の人々の肉声を目にし、
それまで一つの歴史として処理していたそれが、人間の日常に突如降り掛かった他人事にはできない事件に成り変わった。
更に猫400号の存在を知り、事件が一気に自分の側に引き寄せられたのでした。
全く見え方が変わってしまったのでした。
その痛みというか。

惨劇を前にして言葉に何が出来るのという。
死を前にして言葉に何が出来るのという。
それが戦後の鶴見さんや、水俣における石牟礼さんの格闘だったのかもしれない。
そして残された祈り、願い、呪いとしての言葉。
それは伊藤さんの詩に繋がる要素でもあります。

何かと迷いがちな昨今の状況ですが、
鶴見さんや石牟礼さん、伊藤さんの言葉、特に対話や詩、短歌を読んでいると、
沸々と、来るものがあります。
沸々と。
言葉に裏切られると鶴見さんが。
書いても救われないと石牟礼さんは仰っていましたけど。
それでも残った言葉に何と力があることか。
先達はおわします、間違いなく。

そして何の因果か知った猫400号。
何だか。何だか。
この痛みをどうするのか、
このままじゃ駄目だ、こうしちゃ居れんという思いが募ってくるのです。
私の問題として。

うちの猫こめは今日も元気


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2008年6月 6日 (金)

これはいつぞやの猫

1.
これはいつぞやの猫

2.
これはいつぞやの猫

3.
これはいつぞやの猫

4.
これはいつぞやの猫

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2008年6月 4日 (水)

社会の風景

どこぞの女王様三人が
私の作ったデザートをつつきつつ繰り広げる低音の会話が
隣りのテーブルを片付けながら何となく耳に入り
知られざる世界の事情に心の中で合掌していたところ

それまでずっと禁煙席で
蛍光ペンで丹念に線が引かれた教典を開き
勉強というか説教、宗教的世界観を連れの女に熱く語り聞かせていた筈の男が怒りだした。

○○さんは年2400万売ってるんだよ!
売り上げの4割は国に取られるんだから!
今の状況!わかってんの?
せめて年300万!ね!明日からがんばってよ!

何を…

それなりに忙しかったのだが、
店内の3分の2には余裕で届く男の声量のせいで
穏やかでない話の断片がいやでも耳に入ってくる。

怒られている色白の女は常に笑顔を絶やさない。
明らかに腰が低かった。
小太りの男は怒りながら何度も炭酸飲料を要求し、
持って行ったそばから一気に飲み干してしまう。
女は何も頼まず、男が席を立ったタイミングでやっと
「すみませんお水を…」
尚も怒り続けた男がそのまま会計を済ませて手書きの領収書を携え店を出て行くのを、
立ち上がって何度もお辞儀をしながら見送っていた。

向いてないよ。
絶対向いてないんだよ。

素性も境遇も全くわからないが
何だかいたたまれなくなって
何かドリンクのおかわりはいかがですかと申し出たが
しばらくメニューを眺めた後彼女は
すみません折角見せて頂いたのに…と恐縮し
笑顔のまま店を後にした。

彼女の幸せを願わずにはいられない。
それぞれ色々大変だ。
神様が助けてあげればいいのにさ。
さっさと逃げちまえばいいのにさ。

私は私で
韓国人男性客達のほほえみ返しの上手さに動揺を隠せない日々です。
かつておばちゃん達が某様に惚れ込んだ理由を実感。
なんなんだろ、あれ。

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2008年6月 3日 (火)

ハイ

世の中の納得いかないもろもろに対して
怖い顔をしていてもしょうがないのですが、
どうもここのところ自分の顔が険しい。
納得いかないことなり悩みごとなり、
思い当たる節はありますが
まぁ一番の理由はきっと寝てないからです。

ゼミ発表の準備はすごく楽しいですよ。
本当に寝食を忘れますが、
忘れていると
それをやっている以外、且つ寝食以外、の時間の辛さが数倍に膨れ上がります。
と発見したところです。

でも寝てる場合じゃないし
食べたいと思うものもないし

そのように暮らしています。

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