« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

2007年3月31日 (土)

動けるので

昨日は常日頃お世話になっている友人の所属するダンス部の定期公演がありまして、
そのスタッフとしてサポートに回っておりました。言うなれば恩返しです。
受付やってました。
やはり華やかですね、ダンス業界。花が溢れておりましたよ。
育ちの良さそうなお嬢さん達が群れを成して訪れてましたよ。
それはそうと。
運よくゲネと本番の前半だけ見ることができました。

身体を持っているということは、
ただそれだけで価値があるんだなとか、
動けるということは、
身体を動かせるということは、
力なんだなと、
動きは力なんだなと思ったり、
だからそれだけ自分の動きに気を配る必要があるんだろうなとか、
末端までの、隅々までの動きに責任を取らなくちゃいけないんだなとか、
いろいろ、いろいろ思いました。
とても勉強になりました。
友達がいっきいきしてたのがよかった。

いつも思うのは、動物園に行った時なんかも思うのですが、
何かを見る時に、自分の視界がいかに限られていることか!
視線は一つしか無いということを毎度不自由に思います。
あの人の動きを集中して見たらこの人の動きが見えない、
私の目が今この人の動きを追っているうちに、見えない誰かがとんでもないことをやってるかもしれないけれども確認できない!
視線の方向の選択、滞在時間の決定、ああいそがしい。
というのが、毎回歯痒いです。せっかくリアルタイムで立ち会っているのにという。

そして夜に手伝い終了し、それから学校へ行き、
記事書きを試みるも全く集中できず、同じく深夜の学校に居りました方々の作業を手伝い、
やっとこさ記事を書き、送り、朝が来て、机の上で15分ほど寝て、
余りの寒さに起きて、帰宅して、着替えて、
昼に雑誌会議があるので再び登校、
夕方から浅草バイトに行き、楽しく働き、帰宅したら日付が変わっていたという、そんな感じでした。

おぉ!充実していらっしゃる。

動けるのは力だよ。
まだまだいけますよ。

| | コメント (1)

2007年3月30日 (金)

執筆中

無人のMac部屋からこんばんは。
しかしもうおはようございますの時間なようです。
でも外はまだ暗いですよ。
春分の日を過ぎましたが、まだ暗いですよ。
夏至の日でも、午前4時30分はまだ暗いのでしょうか。
それでは、4時30分はまだ夜で、こんばんはという挨拶こそがふさわしいのでしょうか。
…そもそも、朝の定義って何ですか。
と、つらつらと打ち連ねてはみたものの、実際さして興味は無いです。
記事書いてます。今一つ書き上がって送ったところです。

今日は、いや、昨日は、友人達の踊るのを見たのです。
その話がしたいしたいのですが、
今の状態ではうまく言えないので、
一回寝てから再度試みようと思います。

| | コメント (1)

2007年3月29日 (木)

お仕事です

記事を書いたり、レイアウトしてみたり、画像をいじってみたりと、
パソコンに向かう日々が続きます。

眼球が乾きます。
魂が吸い取られます。
動かないのにも関わらず、やたらめったらおなかが空きます。

作業自体は好きです。
が、いかんせんじっとしているのが苦手なのです。
サッカーボールで遊んだり、
窓を拭いてみたりして、
手を変え品を変え気分転換しながら作業は続きます。
ひとたび集中してしまえばこっちのものなのですが…。

奥が深いです。
形が出来てからが厄介なのです。
作業が、個人のこだわりの領域に突入してからが、大変です。終わりはありません。
何をもって完成とするのかは、全くの自分次第ですからなぁ。

この雑誌然り、課程紹介冊子の制作も然り、新入生歓迎のちょっとしたイベント実施計画も然り、
仕事は尽きません。
楽しいので良し。
本望ですよ。うん。

…どっか遊びに行きたいっす。

| | コメント (0)

2007年3月27日 (火)

おとめごころについて

昨今忘れかけている乙女心なるものを思い出すべく、
戯れにもらったリボンを頭に巻いてちょうちょ結びなんてしてみましたが、

思い出せませんでした。
違和感だけが残りました。

どんまい。

| | コメント (0)

2007年3月26日 (月)

あたりさわりについて

ほんとうは、
言いたいこと全部言いたいと思います。
書きたいことも全部書きたいと思いますよ。

それでも、いつでもどこでも誤解はつきまとうし、ただでさえ私の伝える技量はまだまだ拙いから、向かう先々で、言えば言う程、書けば書く程、ぶち当る誤解の数は増えていきます。
誤解行き違いすれ違い…、ああ、ディスコミニュケーションだらけ。

一側面だけしか伝わらなくて悲しい思いをします。でも、そもそも、限られた時間の中で、多面体の全ての側面を一度に伝えきるなど、途方も無い話じゃないかと思います。
…だったら何も言わない方が、書かない方が、いいんじゃないか、と思うこともあります。

私の考えていることの全てを、
言葉にして誰かに聞かせることや、
文字にして誰かに読ませるのは、
ほんとうは不可能なんだよな、と思うのです。

その上そもそも私の考えていることそれ自体が、秒単位で微妙に変化しつづけているのだから、しっかりした形など無いのだから、もうこれはどうしたものかと思うのです。
何かについて喋っているうちにもう頭は他のこと考えているとか、
何かについて書き出して文章の方向性が定まってきた途端に内心でどんどん反証が進んでいったりとか、
一回寝て起きたら全てを忘れたとか、
そんなことは、日常茶飯事ではないですか。
では、私の喋っていることは何なんだとか、私は何を書いているんだとか、
考えたくなるではないですか。

ブログの記事にしたって雑誌の記事にしたって、
実際文章として出てくるのは、個人の脳内にある思考の総量における割合から考えても、秒単位で変化し続ける自分という存在というものから考えても、ほんの一部に過ぎない。ただの点です。
それでも、読む人は普通、記事に書かれていることが、文章として提示されているものが、全てであると思うでしょう。書き手を知る手がかりはその文章しかないわけだから、そう思って当然です。
この人はこう書いているけれど、ホントは違うこと考えているんじゃないかとか、深読みするわけではない。深読みして欲しいということではないですよ。読者に裏を読むこと、深読みすることを要求する文章なんて本末転倒ですし。
このブログだって、今までに書いてきた文章全てが読まれれば、点と点がつながって線になれば、それが集まって面になれば、そりゃあ幸福なことだと思いますが、そんな事はありえないわけです。何かの検索を辿ってある一つの記事を読んだ人にとっては、その一つの記事が私の全てなわけです。
これは重いですよ。日々の積み重ねが私を作るとかそんな悠長な事、言ってられないわけですよ。

会話と違って、文字として記録される記事は、形に残ります。
それこそ、私の頭の中からきれいに消え去っても、画面や紙面にはしっかり残ります。
更に、ブログと違って、雑誌に記載された文章は、紙の上に印刷された活字という形で、物質として残ります。
その怖さよ。
書けば書くほど、その全てが残って、誤解も失敗も全てが残っていく。一度書いて発表してしまえばもう取り返しはつかないし、それは時間の経過と共に広がっていく一方です。書き手の望む望まないに関わらず、全ては事実として積み重なります。雪だるま式に増えます。収拾なんて、付かないです。

取り返しのつかない失敗に対して、誤解に対して、書き手が対抗できるのは、また新たな文章を書くという手段だけで、でもその文章も同じく誤解される運命にあるでしょう。それでも書き続けねばなるまい。
一度始めてしまったらもう終われないんだろうと思います。

誤解を恐れずに、と言いますけど、誤解は怖いですよ。凄く怖いです。
誤解誤解って言うけれど、誤解されることの問題は、受け取り手が自分は誤解していると思っていないという点にあるわけではないですか。私が、誤解している聞き手だったり読み手に、その都度、それは誤解ですよといちいち教えに行ければ良いですけど、そんなこと、できないじゃないですか。
誰が誤解しているかわからないし、誰に伝わっているのかもわからない。その「伝わった」はどの程度のものなのかも、わかりようがない。
結局は個人の気の持ちようなのでしょうが、誤解されるのは弱ります。

誤解をされて悲しい思いをして、誤解されることを避けて避けて極力避けていった末、人は、あたりさわりのない話に行き着いたのだろうと思います。
誰も傷つけない、不快にさせない、そんなあたりさわりのない話って、結構大切なんだなぁ、便利なんだなぁ、としみじみ思いました。
今まで凄く軽蔑していましたもの。あたりさわりのないものを。

でも、あたりさわりのないものはやっぱり、楽しくないんですよ。
ああもうこれはもうきっと、私のわがままなんですよ。
あたりさわりのないものは嫌だけど、誤解されたくもないっていうのは、単なるわがままなんですよ。
私がやりたい事をやるなら、誤解を生まないなんて無理な話なのでしょう。
誤解は極力避けたいけれど、「誤解を生まない」を第一の目標にしてはいけないのでしょう。
ただ、ここだけは誤解されたくない、という譲れない一線だけは捨てられないし守らなくちゃいけないと思います。

言いたいことを全部言うのは不可能だとしても、
書きたいことを全部書くのは不可能だとしても、
それでも、
誰かに聞いて欲しいわけだから。誰かに読んで欲しいわけだから。
山ほど誤解されても、認められなくても、誰かに伝わって欲しいわけだから。

だったら、書き続けるしかないのです。
更新し続けるしかないのです。

| | コメント (5)

2007年3月25日 (日)

ショッピング

久々の買い物をしようと
横浜駅付近の某デパートへ初潜入を試みるも

蛍光灯の白い光が眩し過ぎて体力を消耗し、
元気いっぱいな店内BGMに集中力を奪われ、
やたら多い女子中高生客の方々に気後れし、
にこやかな店員さんにかわいらしいスカートの購入を熱心に勧められてどぎまぎし、努力してお茶を濁し、

そんな事を繰り返しているうちに、
果ては一体私は何がしたくて此処に居るのかがわからなくなる始末で

完全に
敗退しました。
ガーリーな(girlieな)空気を前にすると、私はとことん無力です。
結局何も欲しくならず、何も買わず、シッポ巻いて帰りました。

ただ、時代はとっくに春なんだなぁ、ということがわかってよかったです。
もう水着売ってたよ。

| | コメント (0)

2007年3月24日 (土)

進む

今日は浅草のお寿司屋さんに営業の助っ人要因として参加してきました。
今回の公演の作業中や稽古時中に、今回のすし屋さん含む浅草の老舗のお店の方々からお昼ご飯を差し入れて頂きまして、言うなればその恩返しです。
やっぱりいいなぁ、下町の老舗の飲食店の雰囲気というものはいいなぁ。
人と人との関わり合いの、絶妙な距離感というか。適温というか。
いいなぁ。
休憩時間には浅草をふらふら散策できました。

さて
公演も終わり熱も下がり出稼ぎも終わり、本腰を入れて再び雑誌作りと向き合うべき時になりました。
というか、とうに実際スケジュールは狂いっぱなしです。
メンバーの大部分は混乱の最中らしいです。
言い訳しない、責任逃れしない、と、私は最初の段階でそれだけは固く心に決めたわけですけれども、やっぱりその2つが無いと、痛いですね。どうしても、その2つを盾にしたくなる。
でもしないぞ。しないんだ。
痛いけれども。
全部受け止めて巻き返す。

約束だもんなぁ。
やりたくてやってるんだもの。忘れそうになるけれども。
そうなんだよ。
全部、望んでたことだよ。望むところだよ。

| | コメント (0)

2007年3月22日 (木)

日常

終わったと思ったら、
定期券は失くすわ
発熱はするわで
踏んだり蹴ったりです。
春うららかな空の下、ひとり途方に暮れています。
アット・ア・ロスです。
踏んだり蹴ったりって言いますけど、実際は
踏まれたり蹴られたりですよね。
いや、そんな事は割とどうでもいいんですよ。
定期無いのは痛いです。
学校まで往復3千円は、出掛ける気が失せます。
お願いだから出てきて下さい。
あなたがいないとわたしなんにもできないわ。

| | コメント (0)

2007年3月20日 (火)

そして終わった

劇団唐ゼミ☆第十一回公演
『ジョン・シルバー(続)』
大盛況のうちに、全日程終了致しました。
ご来場下さった皆様、どうもありがとうございました。

実は今回、少年という役の重みを実感するのに比例して、ちょっとしたパニック状態に陥っていました。
未だ演劇経験は無いに等しく、右も左もわからず、本当に直前までうろたえるばかりだった私が
あの”事実上のデビュー戦”のリングに上がることができたのは、そして本番を闘い抜くことができたのは、

練習に付き合ってくれたり、笑わせてくれたり、フォローしてくれたり、助言をくれたり、
ピンチを救ってくれたり、見守ってくれたり、照明、音響、そして映像で完璧な仕事をしてくれたり、…と、
ありとあらゆる面で支えてくれた諸先輩方の存在のお陰です。

あの現場に居合わせることができたこと、
皆で作った舞台を構成する一部になれたこと、
そのありがたみをかみしめながらの日々でした。

本当に
本っ当に

俊ちゃんを演じることができてよかったです。

ありがとうございました。

| | コメント (0)

2007年3月17日 (土)

そして始まった

3日間全5回公演によります本番が、本日(もう昨日か…)16日より遂に始まりました。
初日の現場に立ち会って下さった大勢の皆様、ありがとうございました。

やはりお客様の存在は大きいです。
その反応。空気。温度。
100人を超すエネルギー体がそこにあるわけですから!そりゃあもうその温かな圧力は、舞台上、舞台裏へと大いに作用してきます。そして私達は、びりびりと向かってくるそれらを再び相手へと撃ち返す。
のだと思います。

そんな中で、事実上の初舞台を踏めたのは本当に光栄でした。
しかしまだまだこれからです。これからなんです。
この勢いで、いえ、更に更に速度を増して駆け抜けますよ。
駆け抜けるにはとっても惜しいのだけれども、本当は一つ一つ丁寧に確かめながらその瞬間をいつまでも味わっていたいのだけれども、…それでも
全力をもって駆け抜けます。
留まらず。振り向かず。

| | コメント (0)

2007年3月16日 (金)

いざ、

ゲネプロも終わり、いよいよ来ました本番。
本番です。
遂に来ました、集大成。

もやもやしていた心配も迷いも消えました。
今ここにあるのはひたすら、楽しむ決意です。

行ってきます!

| | コメント (0)

2007年3月14日 (水)

過積載

容量がフルです。満タンです。
というかとうに超えている。私のキャパシティを超えている。
受け止めきれないものを毎日浴びています。
消化吸収する前に次から次へと!
もうこれ以上乗らない!てか現に乗せきれてない!でも全部乗せたい。
あぁ、もっと自分が大きければ、しっかりしていれば、と思うことしきりです。
しかし今のこの己をもって勝負するほかありません。

というわけで、
現場入りしました。

| | コメント (0)

2007年3月13日 (火)

そして出発する

後期入試を終え最寄り駅へと向かう受験生の波に逆行して大学入りし、荷物の積み込み作業をしました。
流石は諸先輩方、手練です。
すさまじい空間認識能力。すばらしい手際。

『ジョン・シルバー(続)』を構成する全てのモノ達を2tトラック一台に詰め込んで、
いざ出発です。
ときめきますね。

| | コメント (0)

2007年3月12日 (月)

語彙感染

本番まで1週間を切っている模様です。

作業中の雑談等、日々の会話のあちこちに、劇中登場する言葉の数々が溶け込んできております。
無意識のうちに口をついて出た言葉に対して、おやこれはどこかで聞いたことがあるぞ、と思ったら台詞だった、という場面に多く遭遇します。
毎日毎日目にしたり耳にしたり口で発したりしている台詞ですもの、当然と言えば当然か。

そんなわけで語彙が浸透しています。感染しています。
私の一部となって、確実にその領域を広げています。

こうして日常ごと、かっさらわれていくのですね。
光栄です。

| | コメント (0)

2007年3月10日 (土)

うろたえてる場合じゃないよ

昨日の全ては夢だったのではないかという疑惑も浮上しております。
唐さんの前で通し稽古。
宴会。
二次会。三次会四次会五次会、、、。そして朝。

間違いなく人生史上最高の勢いで、びっくりするような出来事が次々に押し寄せ押し寄せ、それに相応しいベストな対処の仕方を考える暇も無く、頭の中は真っ白で脊椎反射レベルの対応しか出来ず、必死かつおっかなびっくりその瞬間瞬間を手探りで繋いでいるうちにそれらは何事も無かったかのように過ぎ去り、取り残されてから、咄嗟の時に使い物にならなかった頭が物凄い勢いで回り始め、その余韻がまた再び数々の考えを巻き起こしては渦になって頭の中ではいよいよ大変なことが起こっています。起こっていました。

ザ・混沌。高温の混沌。

場所を先輩宅に移してからも、
収拾付かず、帰る気も起きず、眠る気にもなれず、
何について考えているのかわからないまま何かをずっと考え込んでいたような。つまり何も考えていなかったような。
そんな昨日の夜でした。そしてそのまま朝になりました。
帰宅して速攻寝て起きたら夜になっており、何故か親戚の皆さんが我が家に集結していて驚きました。

わけがわからないまま冴え渡っている現在があります。
絶対楽しいって。

| | コメント (0)

2007年3月 6日 (火)

みるみるうちに

月日の経つのが早過ぎます!
もう本番まで2週間無いと言うじゃないですか!
なんてこった!
しかしそのスピードに負けないくらいの速度で私も進化していますよきっと。
感情の激しい起伏やら
日々の出来事の盛り沢山さ、
時折ぴりりとよぎる緊張感などなど、
色々押し寄せる全ての勢いを追い風にそのまま突っ走って、
ランナーズハイの境地でして、
そうです、もはやこれは、ジェットコースターです。
このまま更に加速しながら駆け抜けます。

| | コメント (0)

2007年3月 5日 (月)

怒濤

徹夜作業明けて眠っていたら、
夢の中でガムを貰いました。
嬉しかった。

追い込んだ先の、
擦り減らし擦り減らした果てで
初めて湧いてくるパワーというものが ある

確かに以前私は申しましたけれども、

その力が出るか出ないかは、
擦り減らしてみないとわからないので、
けっこう博打だったりします。
行けども行けども光が見えてこない事もあるわけです。

で、限界に行きかけても、いっこうに頼みの力が湧いてこないと、
こりゃ、どうしたものだろう!、
(古語で言うと、「こはいかに!」)
と、途方に暮れたくなるものです。

それでもやるんだよ!
しっかり食べてしっかり寝てがんばるんだよ!
火事場の馬鹿力だよ!

| | コメント (0)

2007年3月 3日 (土)

生きる上で何がやりたいって、
とにかく出会い続けたいです。
人でも音楽でも映画でも何でも、世界はまだ見ぬ物事だらけです。

知らない人と知り合いたくて、
関わりが無かった人と関わりたくて、
そして関わった人達を巻き込んでいきたくて、
それにはどうすればいいのか試行錯誤を繰り返し、
色々なことにひょいひょい首を突っ込みながら、現在に至ります。

取り込んで巻き込んで動き続ける、渦のイメージです。
ただ、渦の中心になるには、自ら動き続けている必要がありそうです。
動きを起こすということは、何だろうと思った結果、
とにかく沢山の人々物事世界に出会うことなのではないかと、先週思いました。

出会うことで自分を更新すると言うか、
出会い続けることで自分の中で淘汰されて固まってくる何かとか、
あると思うんです。
相手を選んでいる場合じゃないと思うんです今は。
まだ自分とか理想像を限定して閉じてしまう段階ではないと思うんです今は。
例えたまに、意味のない組み合わせがあるとは言え…。

現に、今まで出会った人達とか経験とか、無駄は一つも無いし全部財産です。
でもそれにいつまでも甘えているわけには、其処でぬくぬくと留まっているわけにはいかないようです。

常に、越境して融解させて反応したい次第です。
飛び込んだ先にある予期せぬ事態とか、思わぬ展開とかが楽しみなのです。
それが楽しいです。
それやりたいなぁ。
雑誌作りでも演劇でも会話でも何でも、私にとっては全てがそのための、出会うための手段です。

明日は帰りません。

| | コメント (0)

2007年3月 2日 (金)

笑うな

遂に
お前はもう笑うな、とのお達しが出てしまいました。
近頃は身の回りの諸々のことを笑ってごまかしすぎでした。
何でも笑えばいいってもんじゃないみたいです。
そりゃあ、そうでしょう。
反省。

というわけで笑わないキャンペーン実施中です。
とりあえずここ4時間ほど、笑顔50%カットで試験運転中です。
どこか憂いを帯びた、陰のある人間になります。
…。
努力を要する。

とあるポーズの練習をしたら、
左足の裏が筋肉痛になりました。

| | コメント (0)

2007年3月 1日 (木)

守ってやらねば

気合いに任せて突き進む中、
加減も知らずにとにかく酷使してます。
休息と栄養もままならないのに、
よくぞついて来てくれているものです。
ありがたいことです。
私の体よ。

しかし気の緩みもありましょうが、
昨日からちと調子が悪い。
精神だけが勢いよく先へ行ってしまって体が置いてきぼり状態というか、なんというか。
どうにもちぐはぐな感じです。
自分の体なのに、なぁ。分裂だなぁ。

いたわってあげなければ。
まだまだ動いてもらわなくちゃ困るんだ。
早く寝よう。

| | コメント (1)

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »