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2007年1月15日 (月)

若さについて

やる気さえあれば何でもできると思うんです。
時間やら体力やらお金やら健康やら、
確かに日常生活における限界はいくらでもありますが、
いくら限界を超そうが、やろうと思えば何でもできます。

そこらへんのさじ加減を誤って、丸2年間の努力を棒に振ってから1年以上が経過しておりますが、やはりまだ懲りていないようです。全然懲りていないようです。

高校の時は生活の大部分をボートに捧げていました。
インターハイでの雪辱を心に決めた高3春の全国大会直後に調子がおかしくなり、まもなくドクターストップがかかって戦線を離脱。以降暫く続いたリハビリの中で、「がんばる」と「無理する」の境界はどこにあるんだと問い続けました。
でも、やっぱり無いですよそんな基準は。
医者が何と言おうが、友人が何と言おうが、親が何と言おうが、それは決定打にはならなくて、
自分が諦めた瞬間、そこが境界になるんだと思います。
だから諦めなければどこまでもがんばることはできる。本当にできなくなるまではできてしまうんです。キツかろうが痛かろうが何だろうが、我慢さえできれば、続けられるんです。
明らかに質は下がっていました。しかしまだ耐えられる段階で「無理しないでおこう」というのは、どんなに正しかろうがやっぱり妥協でした。

そこで妥協できなかったのは、目先の意地にこだわっていたからであって、インハイに出るんだという最終目標からすれば誤りだったと思います。周囲にものすごい迷惑をかけてしまったのも事実でした。
そして、終いには医者や周囲の言葉と腰の痛みを受け入れて練習を休み出したのも妥協でした。
結局私は中途半端だった。
先を見越しての懸命な判断の下、最初の段階で練習を休むとかそういうことをしていれば、最後の大会に万全の調子で出られたかもしれないと何度も悔やみました。
一度やると決めたなら何があろうと最後まで、せめて最後の大会まで耐えられなかったのか、とも思います。
結果からすれば、成果も残せず、回復もせず、言わば最悪な形で引退を迎えたことになります。
でもこれが私でした。
棒に振ったとは言え、得るものが何も無かったとは思いません。

大学に入ってまた運動とは違った環境に身をおいていると、
何かにつけてボートが全てだった当時の視野の狭さを反省します。
目標の為に身を削ってまで「がんばって」いたのはある意味異常だったかもしれません。
(そしてそう考えることも、なんだか言い訳じみていて嫌です。)
でも、限界の状況におかれた時に自分が何を考えどう行動するのかということを知ったことは強みです。
やろうと思えば何でもいくらでもできて、それを直接止められるものは何も無く、
どこまでできてどこから無理なのかは、結局自分が決めるんだということも。

諦めることは悪いことではない。
言い訳は悪いことではない。
諦めるべきタイミングもあります。その際には言い訳だって必要です。
でもしかるべき時には、全ての不安要素は言い訳にすぎないと割り切って、突っ走るしかない。
いつがその時なのかは、自分が決めるしかない。

今のネックは時間です。
しかしやらねばなりません。
やりたければできるでしょう。
面白いならできるはずです。
自分にとって大事ならばできます。
できます。やります。

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