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2006年7月 9日 (日)

いかに遊ぶか

ここのところ、土日に出掛けるのが億劫になっている。
世間は休日、動物園も都会も何処も人が多い、単に多いだけなら良いのだ。
その人達が、平日はきちんと働いて、よし、今週も頑張ったから休日は遊ぶぞ!という人達に見えてしまったが最後、私のような、常に遊びと勉強の境界が完全に融解している者はもう、後ろめたくて仕方が無い。
みんながみんなそういう人ではないという事は、わかっているのだけど…
そこがまだ甘いところだと思う。小心者なところだと思う。もう、そんな事は気にせず、大手を振って遊んでしまえ!と思う。

しかし本当の意味で遊ぶというのは大変だ。
日常がだらけていると、息抜きとか娯楽とか、そういうのはもはや遊びではなくなってくる。いつも息抜きのような状況なのに、これ以上息抜きしてどうする!という話だ。
真の遊びは休息ではない。遊びこそ戦いだ。自分で時間の過ごし方を決められるという状況の中で、いかにして自力で、誰よりもその時間を楽しむか、の戦いだ。
何を言っているのかよくわからなくなってきたが、本当に何もする事が無い時には、右手を頭の後ろに廻して左側から自分の鼻をつまんで遊ぶ(左手でも可)、とかいう術を編み出した江戸時代の人のようになれ!、という、とにかくそういうことだ。(?)

しかし朝から、借りてきたDVDを返した後すぐ帰ってきて、今日はレポートを全て書き上げてしまおう、と意気込んでいた。その時点では遊ぶ気ゼロ。真面目だった。
だが。ワードを立ち上げてから数十分経過、やる気が全く起きない!期限ギリギリになるまで追い込まれないと腰が上がらないという性質が災いした。いや、結構ギリギリな筈なのだけれど。
結果、本を読む以外何もできず、レポートも書けず、どちらも中途半端になるという最悪な状態で一日を終える。
自分がいまいましい。
いまいましい、というのはまさにこういう感じだったな、と呑気に考えてしまうところが、またいまいましい。


読んだ本: 永江朗 『不良のための読書術』

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